秋葉原と聞いて、あなたは何を思い浮かべられるでしょうか?
年代によっても様々だと思いますが・・・
いわゆる「団塊の世代」以上の方々は「電化器具を買いに行く街」思い浮かべるかもしれません。
アニメ、ゲーム、今回取り上げるメイド喫茶、最先端のIT機器、最近はカードゲームのショップなども多くなり、また少しずつその姿を変えつつあるのかもしれません。
これらの異なったカルチャーが共存するこの街は学生時代から私にとって、不思議な魅力を持つ場所でした。
また、年代によって少しずつ秋葉原とのかかわり方が変わって行きました。
これらは重なる年代もあるので厳密ではありませんが、大きく分けると以下のようになります。
20代はカラオケハウスなどでの友人との交流の場、30代の時はやはり友人らと人気のFPSのアーケードゲームに夢中になった年代でした。ただこの時期、私はいわゆる「就職氷河期世代」で、特に20代から30代の半ば位までは就職活動や転職活動に追われ、少し身辺が落ち着かない中での「秋葉原通い」でなかなか秋葉原の他の魅力的なスポットへのアプローチの余裕がない状態でした。
40代になり、少し状況が落ち着き・・・
かねてより興味はあったがなかなかアプローチが出来ていなかった、秋葉原のサブカルチャー文化を語るのに欠かせない存在であり、その魅力の一つである「メイド喫茶」の扉を叩く事になりました。
本記事では、私がメイド喫茶に足を踏み入れたきっかけと、その背景にある秋葉原の魅力について綴って参ろうと思います。
秋葉原との「出会い」
秋葉原との出会いのきっかけは大学生の時代の事でした。
私の母校は秋葉原から程近くにある大学でした。
初めは古本屋さんが沢山ある神保町周辺の散策に始まり、次第に秋葉原にまで足を伸ばすようになったのが、私の「秋葉原デビュー」でした。
私は当時「三国志」などの歴史書やラブクラフトに代表されるホラー小説などに夢中になっているのと同時に歴史シュミレーションゲームや中世風のファンタジー系のRPGにも夢中な時期だったので、歴史や文化などの学問とゲームや小説を繋いでくれたこの「回廊」に次第に魅かれていきました。
アカデミックとサブカルチャーが融合する街
秋葉原の印象は様々かと思いますが、私の秋葉原に対するイメージは「アカデミックとサブカルチャーが融合する街」です。
秋葉原周辺には医学部系の大学や有名国立・私立大学が数多く集まっており、学術的で知的な雰囲気が漂っている一面があると思います。
その一方でアニメ・ゲーム、本ブログの中心の話題となるメイド喫茶などのサブカルチャーが根付き、更に最新の電気製品やIT機器の発信地としても日本はもちろん、世界でも知られています。
「多様な顔を持ち、時代に合わせて変貌する街」というこのイメージが私が長年に渡りこの街に魅かれた理由だと思います。
英国文化への憧れとの懸け橋
メイド喫茶に対する興味を持った動機の一つはその文化的背景でした。メイド喫茶のモデルとなったと言われているのは、ヴィクトリア朝時代に生まれた職業としての「メイド」です。
私は英国の歴史や文化にも強い関心があり、英国史はどの時代も魅力的ですが、特にヴィクトリア朝の文化や服装は惹かれていました。クラシカルなメイド服を身にまとった女性たちが丁寧に接客する姿は、単なるコスプレ以上の歴史の重みを伴う美意識や文化の継承の延長線上にある気がしました。
新しいコミュニケーションの場として
年を経るにつれ、友人たちと集まる以外に「好きなことを気軽に話せる場所」があるといいなという事でした。
メイド喫茶以外でもそういったコミュニティはもちろんあるのですが・・・メイドさんと共通の
話題を話せるというシチュエーションが非日常を演出しているように思え、この点もメイド喫茶の
の扉を叩くきっかけの一つとなったと思います。
まとめ:メイド喫茶= 秋葉原3.0
メイド喫茶は必ずしも若い人だけのものではなく、40代の私にとっても好奇心や新しい自分を再発見出来る素敵な空間でした。私にとり日常を少しだけ豊かにしてくれる「もう一つの居場所」となっています。また、新しい文化に触れる大切さを教えてくれた場所でもあり、私にとり交友、ゲームに次いで新しい発見のあった「秋葉原3.0」でもあります。
これからメイド喫茶に行ってみようと考えている方へ──年齢や性別にとらわれず、あなたの好奇心を大切になさってください。
秋葉原にはその気持ちを温かく受け入れてくれる世界があると思います。
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